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津地方裁判所 昭和44年(ワ)11号 判決 1970年6月11日

原告(反訴被告) 日本合成ゴム株式会社

被告(反訴原告) 佐藤正明

主文

原告(反訴被告)と被告(反訴原告)間に雇傭関係が存在しないことを確認する。

被告(反訴原告)の原告(反訴被告)に対する反訴請求を棄却する。

訴訟費用は本訴反訴を通じて被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一、(本訴)

一、当事者双方の申立

1  原告(反訴被告―以下単に原告という)

主文一項と同旨並びに「訴訟費用は被告(反訴原告―以下単に被告という)の負担とする」との判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

二、請求原因

1  原告会社(以下単に会社という)は昭和三六年四月一日被告との間に雇傭契約を結んだが昭和四三年一〇月一五日被告に対し労働基準法第二〇条第一項所定の予告手当を提供して解雇の言渡をした。

2  しかるに、被告は右解雇の効力を争い今なお会社との間に雇傭関係が存続している旨主張している。

3  よつて会社と被告との間に雇傭関係が存在しないことの確認を求めるため本訴に及んだ。

三、請求原因事実に対する被告の認否

請求原因1、2を認め、同3を争う。

四、抗弁

被告が四日市工場から千葉工場への転勤命令を拒否したことを理由とする原告主張の解雇は無効である。すなわち、

1  そもそも、転勤命令はいやしくも労働者という一個の人間の労働提供の場所を変更するものであるから、何らかの形での労働者の同意がいるものであり、それが労働契約の内容となつていない限り、労働者の意思に反する転勤命令は無効と解されるところ、被告と会社間の労働契約では、被告の転勤については何ら明示の定めがなされておらず、むしろ被告が会社の四日市工場に通勤可能な現場の作業員として採用されたものであり、また右採用当時には、会社には四日市工場以外に他に工場はなく、他工場建設の具体的計画もなかつたのであるから、右労働契約には、被告はいわゆる現地採用者として就労の場所を四日市工場とする旨の条件が含まれているとみるべきである。従つて、会社が被告に対し千葉工場への転勤を命じたことは、労働契約において定められた労働条件を一方的に変更しようとするもので、法律上の正当な根拠を欠き無効であり、このような無効の転勤命令に従わなかつたとしても、それは正当な解雇事由とはなりえず、本件解雇は無効である。

2  仮に、本件転勤命令が、被告と会社間の労働契約に根拠を有する人事権に基くものであるとしても、右転勤命令は人事権の濫用であつて無効であり、このような無効の転勤命令の拒否を理由とする本件解雇も無効である。すなわち、前記の如く、被告は会社の四日市工場における現地採用者であり、被告採用当時には、会社には四日市工場以外の工場は存在しなかつたのであるから、被告にとつては、四日市工場からの転勤は全く予測していなかつたことであるうえ、被告には津市に所在する企業に勤務する妻があり、もし被告が千葉工場へ転勤することになれば、被告が単独で赴任するか、妻を退職させるか、いずれにしても重大な生活上の不利益を受けることが明らかであるが、このような従業員を転勤させるには、事前に十分事情を調査してその希望を確かめ、業務上の必要性や生活上の不利益に対する配慮等について誠意を尽して話し合い、本人の了解を得るように努力すべきであるのに、会社は緊急性も重要性もそれほど窺えないような理由から本人の希望や家庭の事情を敢えて無視して一方的に本件転勤を命じたもので、このような転勤命令は人事権の濫用というべきで無効であり、このような無効の転勤命令に従わなかつたとしても、それは正当な解雇事由とはいえず、本件解雇は無効である。

3  本件転勤命令は被告の組合活動を理由とする不利益取扱いであつて無効であり、このような無効の転勤命令の拒否を理由とする本件解雇は、解雇に必要な正当事由を欠くとともに、それ自体不当労働行為を構成し無効である。すなわち、

被告は、会社の従業員で組織する日本合成ゴム労働組合の組合員であるが、労使協調的傾向の強い同組合の組合活動のあり方、特に合理化に対する取りくみ方に強い批判をもつており、このような考え方から職場討議で積極的に発言するとともに、昭和四三年にはこのような批判をかかげて組合の中央執行委員に立候補する等の活動をし、一方社会主義青年同盟に加盟し、昭和四二年九月から同同盟四日市支部の書記長をつとめてきたものであるが、組合は昭和四三年五月一五日に開かれた中央委員会で、それまで会社が推進してきた従業員持株制度について、従業員全員持株を緊急提案し、これを決議したので、社会主義青年同盟四日市支部ではこれを批判するビラを作成して、同月二二日これを四日市市内塩浜駅前で配付したところ、組合はこれを統制違反として被告を譴責処分にし、会社は、組合との協力のもとに、この機会に労使協調に批判的な組合活動家である被告を企業から排除しようと企図し、本件転勤を命ずるに至つたものであり、このことは、組合本部の杉野委員長の「組合としては除名を含む処分を考える。会社も何らかの処分をしてくれるであろう。」「除名はしないとしても、権利停止六ケ月と配転はどうしても避けられない。」との発言に予告されたとおりの配転が現実となつて本件転勤命令となつた経緯に照らして明白である。

なお、被告のなした組合活動は労働組合の機関活動ではなく、むしろ労使協調的傾向の強い組合の組合活動のあり方を批判することによつて、真の意味での生存権をまもるための団結活動を指向するものであり、このような活動もまた否このような活動こそ(1)、労働者としての自覚に基く自主的な行為であること、(2)、労働者としての生活利益の擁護を直接間接の目的としていること、(3)、団結行動ないし団結を指向する行為であること、等から考えて労働組合の正当な行為として不当労働行為制度の保護の対象とすべきものである。

4  本件転勤命令は、被告の政治的信条を理由とする差別的待遇であり、労働基準法第三条に違反するものであつて無効というべきであり、このような無効の転勤命令の拒否を理由とする本件解雇もまた同条に違反し、無効というべきである。すなわち、

前記の如く、被告は社会主義青年同盟員であり、労使協調に批判的な活動家であるが、会社は被告の抱く革新的な社会主義思想、労使協調的な組合運動に対する批判を堅持する信念を嫌い、被告を企業から排除しようと企図し、被告が到底応じられない本件転勤を命じ、右命令に応じなかつたとして本件解雇をなしたものである。

よつて本件解雇は無効である。

5  本件解雇は、それに至る経過に照らしてみると会社に信義則違反があり、無効である。すなわち、

被告は、本件転勤命令が不当労働行為を構成することを確信し、昭和四三年九月一八日付で津地方裁判所四日市支部に地位保全の仮処分申請をしたところ、同裁判所は同年一〇月一二日に被告および会社双方の審尋を行ない、同月一六日午後一時に決定を告知することを決めたのであるが、このように転勤命令の効力が争われ、その点について地位保全の仮処分という形で裁判所の判断が求められており、しかもその結論が短日時の間に出ることが予定されている場合、紛争当事者としては裁判所の判断を待つて事後の措置をとるのが信義に則つた良識ある態度というべきであり、裁判所としても当然会社がこのような良識を持ち合わせていると期待していたのであろう。しかるに、会社は裁判所の期待に反し、裁判所の判断を敢えて無視しようと企図し、同月一四日に懲戒委員会を開催し、裁判所の決定が予定されていた前日である同月一五日に、被告に対し本件解雇の意思表示をなしたものである。以上の経過に照らして考えると、会社には本件解雇に至るにつき重大な信義則違反があるというべきで、解雇は無効である。

五、抗弁事実に対する認否ならびに原告の主張

1  抗弁1中、被告が採用された当時、会社には四日市工場以外他に工場がなかつたことは認めるが、その余は否認する。

被告は採用内定後、会社社長宛に誓約書を提出しているものであるが、その中に「昭和三六年三月県立四日市工業高校を卒業した上は貴社の御指図に従い正式に採用に応じます」「貴社に正式に入社した上は貴社の就業規則その他諸規程を遵守し誠実に勤務します」との記載があること、会社の就業規則第一九条は「業務上の都合により社員に転勤または配置転換を命ずることがある。転勤を命ぜられた者には別に定める赴任旅費を支給する。前項により転勤を命ぜられたときは、転勤発令の日の翌日から七日以内に新任地に着任しなければならない。但し業務上の都合により会社が特に着任日を指定したとき及び特別の理由により右期間中に着任できないことを予め届出て会社の承認をえたときはこの限りでない。」と規定しており、国内旅費規則第一五条は、被告入社当時の昭和三六年には「転勤を命ぜられ住居移転を要する場合は、現住所から赴任地点までの国内旅費を支給する他、次の赴任料、支度料並びに家具荷造費及び運送費の実費を支給する(赴任料=出発前三日分、到着後四日分のそれぞれの当該地における宿泊料日当相当額、支度料=本給の一〇日分相当額、但し単身赴任は三日分相当額、運送費及び荷造費=会社が指定した運送業者を利用するものとし、その実費を支給する)」と定めているところ、右各規則は会社が作成し、各従業員に採用に際し交付する「規程・内規集」に収録され、被告も入社に際し右規程内規集の交付を受けていて、前記諸規則を充分承知しているはずであること、我国における企業の多くが各地に複数の事業所を有しておることは明らかであり、会社が将来四日市工場以外の工場を有するに至り、それに伴い従業員の転勤、配転等がおこなわれるであろうことは被告においても当然予想されえた事情にあること等からみて被告と会社間の労働契約には、被告は将来、会社の四日市工場以外の工場への転勤、配転に応ずる旨の内容が含まれていたというべきである。

2  同2中、被告には津市に所在する企業に勤務する妻があることを認め、その余を否認する。

転勤を命ぜられた場合、当該従業員が若干の苦痛、支障を伴うことは往々存するところであるが、このような事情は本人が会社の従業員である以上、その転勤の業務上の必要性に対比し、あくまで第二義的なものとして取り扱われるべきである。ところで本件転勤命令は、後記の如く会社の非常な業務上の必要性に基きなされたものであり、一方会社は被告に対し、被告が千葉工場への転勤に応ずれば被告の妻の新しい勤務先を斡旋する旨申し入れているものであり、転勤先には社宅等の厚生施設が完備していることその他の事情を考慮すれば本件転勤命令が人事権の濫用であるとは到底いえないというべきである。

3  同3中、被告は会社の従業員で組織する日本合成ゴム労働組合の組合員であつて、昭和四三年に組合の中央執行委員に立候補したこと、被告が社会主義青年同盟に加盟していること、組合が昭和四三年五月一五日に開かれた中央委員会で従業員全員持株を提案しこれを決議したことは認める。被告が昭和四二年九月以降社会主義青年同盟四日市支部の書記長をつとめてきたこと、同支部では前記従業員持株制度を批判するビラを作成し、同年五月二二日に四日市市内塩浜駅前でこれを配付したこと、組合本部の杉野委員長の発言の事実とその内容は知らない。その余はすべて否認する。

4  同4中、被告が日本合成ゴム労働組合の組合員であつて昭和四三年には組合の中央執行委員に立候補したこと、被告が社会主義青年同盟に加盟していることは認めるが、その余は否認する。

5  同5中、被告が昭和四三年九月一八日付で津地方裁判所四日市支部に地位保全の仮処分申請をしたところ、同裁判所が同年一〇月一二日被告および会社双方の審尋を行ない、同月一六日午後一時に決定を告知することを決めたこと、会社が同月一四日に懲戒委員会を開催し、同月一五日に被告に対し本件解雇の意思表示をなしたことは認めるが、その余はすべて否認する。

6  本件解雇は、次のような正当事由に基くものであり、有効である。すなわち、

(一) (会社の概要)

(1) 会社は、昭和三二年一二月「日本合成ゴム株式会社に関する臨時措置に関する法律」に基き合成ゴムの製造販売等をその社会的責務として設立された国策会社であるが、東京都中央区に本社および東京支店(従業員四三二人)を、大阪市東区に大阪支店(同四四人)を、名古屋市中村区に名古屋営業所を、神戸市長田区に関西技術サービス研究所を、川崎市にリサーチセンターを、四日市市に四日市工場を置き、同工場では昭和三五年四月操業を開始した。

(2) 会社は、その後四日市工場の増設を計りながら生産に当つてきたが、ゴム需要の旺盛な伸びと合成ゴムの使用比率の増加のため四日市工場のみではゴム工業界の需要に応え、その社会的使命を達成することが不可能となつた。そこで、昭和三五年四月策定の長期計画に基き、新工場、新規製品への進出を具体化することとし、昭和四二年二月に千葉市において、千葉工場の建設に着手し、昭和四三年五月から操業を開始し、さらに昭和四五年七月完成を目指して茨城県鹿島郡に鹿島工場を建設中である。また、新規製品の製造を目的として、エツソ・イースタン・ケミカルズカンパニーと折半出資して日本ブチル株式会社を設立し、川崎市にブチルラバー製造工場を建設して昭和四四年一月には操業を開始し、三菱油化株式会社と折半出資して日本イービーラバー株式会社を設立し、四日市市に昭和四五年四月の完成を目指してエチレン・ブロビレン・ラバー製造工場を建設すべくその準備を進めている。

(3) ところで、右のような新規事業所における基幹要員は既設工場である四日市工場から転勤、出向させることによつてこれを充足せざるをえない。高度の技術を必要とする新規事業所の諸装置を新規採用者のみで運転することは不可能であり、また労務管理上からも各事業場のバランスを計る要のあることは言をまたないところである。従つて、会社では次表の如く四日市工場から多数の従業員が転勤、出向しているのであり、増設、新設計画の進展に伴いさらに多くの従業員の転勤、出向が予定されている。

(表)

新規事業計画に伴う四日市工場よりの転出実績および今後の計画

(昭和四三年一二月現在、高卒男子のみ)

プロジェクト名

要員トータル

新規事業への転出数

新卒中途採用者直配数

基幹要員数

基幹要員中の四日市

工場からの転出数

千葉工場ブタジエン(実績)

八六

四〇

三七

四六

〃   ポリブタジエン(実績)

五二

二四

二四

二八

日本プチル株式会社(実績)

五九

一〇

四九

中央研究所物性(実績)

〃   合成(予定)

二六

二六

二六

鹿島工場(予定)

一八七

八四

八四

一〇三

日本イーピーラバー株式会社(予定)

三二

一六

一六

一六

総トータル

四五一

二〇七

二〇二

二四四

このように、会社はその歴史が新しく新設、増設が相次いでいるうえ、事業の性質上従業員に高度の技術を要するものが多いので、従業員の転勤、出向については業務上の必要性がきわめて大きい状態にある。

(二) (会社における被告の担当業務の概要)

被告は、昭和三六年四月入社後、四日市工場製造第一部管理第一課第一係に配属され、合成ゴムの主原料であるブタジエンの原料処理から抽出精製までの工程の試験分析業務に従事したが、昭和四二年四月になされた機構改革により製造部試験課第一係に所属することになり、同年六月、前記試験分析業務が製造部ブタジエン課第二係に移されたので被告も同係に所属し、勤務場所も製造装置制御室へ移り試験分析並びに原料処理工程及び抽出工程における蒸溜処理操作(装置運転)業務に従事したが、同年一一月同課第一係に配置転換となり、同一蒸溜処理操作に従事して昭和四三年九月に及んだ。

(三) (被告に対する転勤命令の経緯)

(1) 千葉工場製造課は、ブタジエンの抽出製造を行なうプラントであつて、課長一名、班長四名、三交替勤務者一一名、日雇者三名で構成されている。

ところで右製造課では製造工程の特殊性から一日二四時間を三区分し、平均八時間の三交替勤務により二四時間連続の運転を行つているが、運転に際しては、班長は必ず運転現場にあつて、自己の責任において運転操作上の判断をなし、運転員を指揮監督する立場にあるものであつて、班長なくして現場の運転をなすことは不可能な事情にある。

(2) 右製造課の班長である内堀和は、十二指腸潰瘍の病名で欠勤するようになり、同年七月一二日には千葉大学付属病院で切開手術を受け、手術後の回復期間を含めて約一年間は従前の職務に復帰することは不可能となつた。そこで千葉工場では、班長三名で三交替勤務の製造課のプラントを支障なく運転することは不可能であるとし、昭和四三年六月二八日本社に班長一名を千葉工場へ充当するよう要望し、本社人事部では、早速四日市工場に対し、千葉工場へ転勤できる班長一名を人選するよう指示したので、四日市工場ではブタジエン課の班長である内窪孝吉を適任と認めて本社に報告したが、本社では同人は昭和四四年一月限りで鹿島工場のブタジエン部門の建設要員として転出の予定となつていたため、同人を千葉工場へ転出させたとすれば、同人の千葉工場における勤務期間は僅か六ケ月に過ぎないこととなり、班長という運転部門の現場責任者がこのような短期間に頻々と交替することは好ましくないと考え、四日市工場に対して他の適任者を人選するよう指示した。ところが、四日市工場には他に適任者がなく、班長クラスの転出は不可能となり、本社では千葉工場と打合せの結果、補充計画を変更し、千葉工場製造課三交替勤務者小原基平を班長に昇格させ、これに伴つて生ずる欠員を四日市工場から転勤させることによつて補うこととし、同年八月一日、四日市工場に対し、(1)ブタジエンの蒸溜装置運転操作およびブタジエンの試験分析のできるものであること、(2)小原基平の班長昇格のあとを埋めうる中堅の運転員であり、千葉工場製造課の年代構成上、層のうすい昭和三三年から同三六年の間に高校を卒業したものであることの条件を考慮してその人選をするよう指示した。

(3) 四日市工場では、前記条件に従つて、製造部ブタジエン課のうちから人選を始めたが、同工場の昭和四三年度定期検査は同課第一係プラントでは同年八月八日から同年九月一一日まで、同第二係のプラントでは同月一日から同月二五日までとあらかじめ年次計画で定められており、定期検査時は平常運転時に比較して多忙かつゆるがせにできない状態にあるので、前記千葉工場の窮状に即して早急に適任者を転勤させるには、先に定期検査を終了する第一係のうちから人選せざるをえないことになり、第一係のうちでは被告が(1)ブタジエンの蒸溜装置の運転操作および試験分析の業務に従事してその経験を有していること、(2)昭和三六年三月高校を卒業した者であることから最適任であると判断し、その旨本社人事部に具申し了承をえた。

(4) 会社は右具申に基き、昭和四三年九月九日、被告に対し千葉工場製造課への転勤を内示したが、被告は転勤の業務上の必要性は了解しながらも、家庭の事情、不当労働行為等を理由として、転勤に応じられない旨意思表示した。そこで、会社は被告の申し述べる事情を十分聴取したうえ、誠意を尽して右転勤命令は業務上の必要性に基くものであり、不当労働行為の意図は全くないこと、家庭の事情についても会社としては十分検討した上であること等を説明し、同月一六日に転勤命令を発令して辞令を交付したが、被告は前記理由を繰り返し述べて右転勤命令に従うことを拒否した。

会社は、同月一九日被告に対し、改めて右転勤の必要性等を説明し翻意を勧めたが、被告はあくまでも右転勤命令には応じられないとのことであつた。

(5) 会社の事業計画とこれに伴う要員の配置および異動計画は企業目的遂行の基盤をなすものであつて、本件のようないわれのない転勤拒否は企業秩序の破壊行為であり、このような行為をそのまま放置することは一刻もゆるがせにできないので、会社は同年一〇月一四日、四日市工場において懲戒委員会を開催し、右委員会の席上で被告の弁明を求めたが、被告は、従前と同様の理由から本件転勤命令を拒否し、自己の非を改める態度を示さなかつた。そこで右委員会は慎重に審議の結果、被告の右のような行為は、会社の就業規則第五九条第五号、第六〇条第一号「上長の業務上の指示に従わず、これに対し反抗、侮辱、その他これに類する行為のあつた者で特にその情状の重い者」に該当し、かかる態度を固持して譲らない従業員を放置したのでは、多数従業員を雇用して業務上の必要に応じて、適時円滑にその配置をすることをもつて最大の要請とする会社にとつては企業秩序の紊乱、会社業務の阻害を招来し、もはや企業内に抱擁していけないものとの判断に到達し、懲戒解雇が相当であるとの意見に一致したが、組合の反対もあり、被告の将来をも考慮して、通常解雇をすることにし、その手続を定めた会社就業規則第七〇条第七号「その他前各号に準ずるやむをえない事情があるとき」に該当するとして、同月一五日解雇通告をし、同日、同規則第七一条第二号、労働基準法第二〇条第一項により解雇予告手当金五七、三九〇円、同日までの未払賃金二四、七八〇円、退職金一七四、〇〇〇円を提供したが、被告が受領を拒否したので、会社は、同日、右各金員を津地方法務局四日市支局に、弁済のため供託した。

以上の次第で、本件解雇は正当事由に基くもので手続的にも何ら非難すべき点はなく、有効である。

六、原告の主張に対する認否

1  五、6、(二)を認める。

2  同(三)、(2)中、千葉工場では内堀和が主張のような事情で欠勤することとなり、昭和四三年六月二八日本社に班長一名の補充を要望し、本社人事部が四日市工場に千葉工場へ転勤できる班長一名を人選するよう指示したことは認めるが、その余を争う。

3  同(3)を争う。

4  同(4)中、会社が、昭和四三年九月九日被告に対し千葉工場製造課への転勤を内示し、同月一六日に転勤命令を発令して辞令を交付したが、被告は家庭の事情右転勤命令の不当労働行為性等を理由として右転勤命令には応じられない旨意思表示したことは認めるが、その余を争う。

5  同(5)を争う。

原告は、千葉工場における内堀班長の病欠に伴う欠員を緊急に補充するために被告に対して本件転勤命令がなされた旨主張しているが、欠員補充の資格要件として、(1)運転関係と試験分析関係を経験していること、(2)昭和三三年から同三六年の間に高校を卒業したものであることを要求すること自体緊急やむをえない業務上の必要性の存在そのものに疑いを抱かしめるものである。そして、このような資格要件が作られたのは、被告を会社から排除するためであり、このことは、被告のみが右資格要件の適格者であることからみても明らかである。

第二、(反訴)

一、当事者双方の申立

1  被告

「被告が原告の四日市工場の従業員たる地位にあることを確認する。原告は被告に対して金一七万二、一七〇円及びこれに対する昭和四四年一月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

2  原告

主文二項と同旨の判決

二、請求原因

1  被告は昭和三六年四月一日、合成ゴムの製造販売を業とする原告会社に雇われ、以来四日市工場で労務を提供してきたが、会社は昭和四三年九月一六日被告に対し千葉工場への転勤を命じたところ、被告がこれを拒否したとして同年一〇月一五日付で被告を解雇したと称して被告の従業員たる地位を争い、かつ同年九月二一日以降の賃金を支払わない。

2  しかしながら右解雇は無効であり、その詳細は第一、四、1ないし5記載のとおりである。

3  被告の会社における賃料月額は五万七、三九〇円であり、毎月二〇日締切であるところ、被告は昭和四三年九月分までの賃金の支給を受けたのでそれ以降の賃金請求権を有する。

4  よつて被告は原告に対し、従業員たる地位の確認と、右賃金のうちとりあえず昭和四三年一二月分までの賃金計一七万二、一七〇円およびこれに対する本件反訴状到達の日の翌日である昭和四四年一月二四日以降支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

三、請求原因事実に対する認否ならびに原告の主張

1  請求原因1を認める。

2  同2に対する認否は第一、五、1ないし5記載のとおりである。

3  同3中被告の会社における賃料月額が五万七、三九〇円であつたこと、会社における賃金支払は毎月二〇日締切であること、被告が昭和四三年九月分までの賃金の支給を受けたことは認めるがその余は争う。

4  同4を争う。

5  原告の主張は第一、五、6(一)ないし(三)記載のとおりである。

四、原告の主張に対する被告の認否

第一、六、1ないし5記載のとおりである。

第三、証拠<省略>

理由

第一、(本訴について)

一、原告の主張する会社の概要(五、6、(一))は被告において明らかにこれを争わず、原告の主張する会社における被告の担当業務の概要(同(二))は当事者間に争いがない。

二、しかるところ、請求原因1、2は当事者間に争いがない。

三、そこで、抗弁1ないし5について順次判断する。

1  同1について

使用者が労働者の労働力を業務目的のために利用処分する権利は、当該労働者との契約により初めてこれを取得するものであり、使用者は、労働契約に示した労働条件の範囲を超えて、当該労働者の労働力を処分することはできないと解されるので、当該労働者の承諾その他これを法律上正当づける特段の根拠なくして労働者の労働提供の場所を一方的に変更することは許されないものというべきである。

そこで、被告と会社間において、転勤についてどのような条件の労働契約がなされたか検討する。

成立に争いのない乙第一七号証によつて成立の認められる乙第一八号証の三、いずれも成立に争いのない乙第一〇号証の一ないし三、同第一一、一二、一七号証を総合すると、被告は昭和三五年七月当時、四日市工業高等学校化学科三年に在学中であつたが、その頃、会社四日市工場が三交替勤務、通勤可能という条件で社員募集をしたこと、被告は、それに応募して、七月下旬に同工場で実習を受けたのち、同年八月上旬に同工場で入社試験を受け、同月中旬には同工場から採用内定の通知を受けたこと、入社に際しての諸手読はすべて四日市工場でなされたこと、被告が入社した昭和三六年四月当時には、会社には四日市工場を除いて他に工場はなかつたことが認められる。しかし一方、いずれも成立に争いのない甲第二、四、五号証、同第六号証の一、二、同第二〇、三一号証、乙第一七号証に弁論の全趣旨を総合すると、被告は、採用内定後である昭和三五年九月一七日に会社の取締役社長宛に「昭和三六年三月県立四日市工業高校を卒業した上は、貴社の御指図に従い正式に採用に応じます。貴社に正式に入社した上は貴社の就業規則その他諸規程を遵守し誠実に勤務します。」と記載した誓約書を提出していること、会社の就業規則第一九条には「業務上の都合により社員に転勤又は配置転換を命ずることがある。前項により転勤を命ぜられたときは、転勤発令の日の翌日から七日以内に、新任地に着任しなければならない。但し、業務上の都合により会社が特に着任日を指定したとき、及び特別の理由により右期間内に着任できないことを予め届出て会社の承認を得たときは、この限りでない。」旨規定されているところ、右就業規則は、会社が各従業員に採用に際して交付する「規程・内規(人事・労務関係)」集に収録されており、被告は入社に際して右「規程・内規(人事・労務関係)」集を交付されていること、被告の仮採用、本採用の決裁は本社においてなされていること、四日市工場の従業員の求人範囲は四日市市近辺に限られず、被告採用の年度においても、近畿、東海、北陸地方に及んでいること、それ故従来から会社は、自宅から通勤できない多数の従業員のために社宅、独身寮を用意しており、被告も入社当時から会社の独身寮に居住してきたことが認められ、さらに成立に争いのない甲第三〇号証によると、会社の千葉工場が新設されこれが操業を開始するに際し、従前四日市工場において勤務してきた多数の従業員が千葉工場へ転勤させられたが(この点は被告も明らかに争わない)誰からも労働契約に反するものであるという異議は出されなかつたのみならず、被告自身も井口ブタジエン課長から本件転勤の交渉を受けた際、労働契約上会社の都合によつては転勤させられる場合があることを是認していたことも認めうる。

以上の諸事実をあれこれ併せ考えると、被告と会社間の労働契約には、勤務場所は、差当り四日市工場とするが、将来会社において他所に工場を新設した場合には当然四日市工場以外の工場へも会社の業務上の必要があれば転勤する旨の労働条件が含まれていたとみるべきであつて、被告主張の如く、就労場所を四日市工場に限定する旨の特約があつたとみることは到底できない。

2  同2について

労働契約中に、労働者は使用者の業務上の必要があれば転勤に応ずる旨の条件が含まれている場合でも、業務上の必要性に比較して、転勤による当該労働者の損害が著しいときには当該転勤命令が人事権の濫用として無効となる場合があると解されるので、これを本件について考えるに、被告には津市に所在する企業に勤務する妻があり(この点は当事者間に争いがない)、被告が千葉工場へ転勤すると被告主張の如く、距離的関係上被告は妻と別居するか、妻が右企業を退職するか、いずれにしても被告が相当の不利益を蒙ることは否めないが、いずれも成立に争いのない甲第九、三〇、三一号証、弁論の全趣旨から成立の認められる甲第二八号証によると、会社は、昭和四三年九月上旬以降数次にわたり被告に本件転勤の業務上の必要性等について説明をし、説得を重ねたが、その際、当時四日市工場の人事課長であつた吉住勉が被告に、もし被告の妻が千葉市で働らく希望があれば、その斡旋をする旨申し入れていること、被告の妻が千葉市で働らかなかつたとしても、被告が会社から支給される給与のみで標準的な生活は維持しうること、千葉工場では被告のためいわゆる三DKの社宅が用意されていて、厚生施設も完備しており、生活環境は四日市に比べて悪くないこと、千葉工場においても被告がこれまで四日市工場で収得した経験、技術が十分生かされるうえ、昇進の道も四日市工場より開けていることが認められるのであるから、被告が本件転勤命令に従つて千葉工場へ転勤しても、その生活関係を根底から覆えすような犠牲を強いることにはならないのみならず将来の昇進という点ではむしろ被告にとつて有利な転勤であると言い得るところ、一方、いずれも成立に争いのない甲第二九、三一、三二号証によれば、会社としては千葉工場の欠員一名を被告担当の職種であるブタジエン関係の工員から補充しなければならない事情のあつたことが認められる以上本件転勤命令が人事権の濫用であるとは到底いえず、この点に関する被告の主張も採用できない。

3  同3、4について

被告が会社の従業員で組織する日本合成ゴム労働組合の組合員であつて、昭和四三年には組合の中央執行委員に立候補したこと、被告が社会主義青年同盟に加盟していること、組合が昭和四三年五月一五日に開かれた中央委員会で従業員全員持株を提案し、これを決議したことは当事者間に争いがなく、右事実にいずれも成立に争いのない乙第一七号証により成立の認められる乙第一八号証の一、二、いずれも成立に争いのない乙第二号証、同第一五ないし第一七号証、甲第一二号証の一ないし三、同第三〇ないし第三二号証弁論の全趣旨から成立の認められる乙第一号証を総合すると、日本合成ゴム労働組合は労使協調的傾向が強く合理化に対してもそれほど強い姿勢を持つていない組合であるが、被告は、このような組合の姿勢に強い批判を持つており、このような考え方から職場討議等には機会のある限り参加して積極的に発言し、昭和四一年には管理第一課の評議員に、昭和四三年にはブタジエン課の評議員に立候補した他、前記の如く組合の中央執行委員に立候補する等してきた職場の活動家であること、一方被告は、昭和四〇年九月社会主義青年同盟に加盟し、昭和四二年九月以降同同盟四日市支部の書記長をしてきたものであること、従来会社の株式のうち約四〇パーセントは政府が持つていたが、昭和四二年頃民間に放出されることになり、同年一一月三菱化成株式会社が一〇万株を取得したが、会社は従業員に株式を保有させるべく、一人平均五〇株を持つよう社内報ですすめてきたところ、組合は三菱化成株式会社がこれ以上の株式を取得すると会社の労働組合政策にも重大な変化が起る虞があるとの理由で昭和四三年五月一五日に開かれた中央執行委員会で従業員全員持株を緊急提案し、これを決議したこと、社会主義青年同盟四日市支部では同月二二日、この従業員全員持株を批判するビラを作成し、同同盟春闘コンビナートビラ入れの一環としてこれを四日市市内塩浜駅前で配付したこと、組合本部では、被告が同同盟四日市支部の書記長をしていることから被告が右ビラを作成したものとして、杉野委員長が被告に対し「君は組合に挑戦したのだから、組合としては除名を含む処分を考える。会社も何らかの処置をしてくれるだろう。」「除名はしないとしても権利停止六ケ月と配転はどうしても避けられない。」等の発言をしたこと、組合では被告に対し同年六月一三日、一七日、二二日の三回にわたって統制委員会を開き同年七月一七日に譴責処分に付する旨言渡したこと、会社の人事部長庵谷磐、四日市工場の人事課長吉住勉は、その頃、被告が右の如き事情で組合から譴責処分に付されたことを知つたこと、そして組合は被告の転勤拒否闘争を支援しなかつたことが認められる。

このように、被告は、社会主義青年同盟の同盟員で同同盟四日市支部書記長の地位にあつて、労使協調的傾向の強い日本合成ゴム労働組合のあり方に批判的で、従業員持株制度や合理化に対しても強く反対する等革新的な社会主義思想を抱いているものであり、会社では遅くとも組合が被告を譴責処分にした昭和四三年七月一七日頃には、被告が右のような思想を抱いているものであつて、その思想・信条に基き組合内において、あるいは一般大衆に対して相当活発に活動していることを知つていたものであるところ、後記のようにその後間もなくして本件転勤の話が会社から持ち出されていることを考えると、本件転勤命令はあるいは被告が主張するような意図のもとになされたのではないかという疑念をはさむ余地がないではないが、しかしだからと言つて、組合が会社に被告の配転を申し入れたとか、要望したとかいうが如き事実を認めるに足る証拠は勿論なく、また会社が右のような被告の活動を日頃嫌悪していたと窺わしめる具体的事実についての的確な証拠もない以上前示の事実関係から直ちに、会社が被告主張のようないわゆる組合活動を嫌悪して被告を企業から排除するために、あるいは被告の右思想・信条を理由とする差別的取扱をしようとして、本件転勤命令を発するに至つたと推認するのはちゆうちよされる。

(被告は、会社が石油化学工業コンビナートの一つの企業であるという特殊性に着目すると、本岡勝次、長谷川靖の証言(乙第一五、一六号証)によつて会社の意図は推測できる筈であるというであろうが、右両名の証言は、被告の供述、陳述書同様に憶測・憶説にわたるもの多く到底そのまま容れるわけにはゆかない。)

よつて、本件転勤命令をもつて申請人の組合活動を理由とする不利益取扱であるから無効であるとか、政治的信条を理由とする差別的待遇であるから無効であるとの被告の主張はいずれも採用できない。

4  同5について

被告が、本件転勤命令を無効として昭和四三年九月一八日付で津地方裁判所四日市支部に地位保全の仮処分申請をしたところ、同裁判所が同年一〇月一二日、被告、会社双方の審尋を行ない、同月一六日午後一時に決定を告知することを決めたこと、会社が同月一四日に懲戒委員会を開催し、同月一五日に被告に対し解雇の意思表示をなしたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一七号証により成立の認められる乙第一八号証の五、成立に争いのない甲第三二号証によると、同裁判所では昭和四三年九月二一日午前一〇時を右仮処分事件の審尋期日と定めたところ、会社が期日延期を申立てたので、同裁判所は同日、同日に予定していた審尋を同年一〇月一二日午前一〇時に延期したが、その際、会社は裁判所の希望もあり、裁判所の面前で被告に対し、その間被告が千葉工場へ転任しないことを理由に被告に不利益になるような処分をしない旨約束したが、裁判所が同月一二日に、同月一六日に決定を告知する旨告げた際には、会社は、被告および裁判所に対して「会社としてはやむを得ず今日まで被告の処分を保留してきたけれども社内秩序の保持等を考えるとこれ以上処分を保留することはできない」旨申出たこと、会社は同年九月二一日から同年一〇月一二日までの間前記約束に従がい被告に対し何らの処分をしなかつたが、一方、被告はその間本件転勤命令の不当性等を記載したビラを会社の従業員に配る等し、そのことも手伝つて会社内の秩序維持にとつて好ましくない事情となつてきたことが認められる。

このように、転勤命令の効力が争われ、その点について地位保全の仮処分の申請がなされ、これに対する決定が数日後になされることになつている場合には、紛争当事者としては裁判所の決定を待つて事後の措置をとるのが望ましいことはいうまでもないが、右認定の諸事情、殊にその間における被告のビラ配布行為及び会社としては決定あるまで処分を保留しておくことができなくなつた旨を申出ている事情に照らすと、会社が被告に対してなした本件解雇が信義則に違反し無効であるとはいいがたい。

よつて、この点に関する被告の主張も採用できない。

四、以上の次第で、本件解雇には被告主張の無効事由はなく、かえつて、会社は以下に認定判断するような事情から本件解雇に及んだものである。すなわち、

(一)  まず被告に対し本件転勤命令がなされた経緯(五、6、(三))について検討するに

同(1)は被告において明らかにこれを争わないところであり、そして千葉工場製造課の班長である内堀和が十二指腸潰瘍で欠勤するようになり、昭和四三年七月一二日には千葉大学付属病院で切開手術を受け、手術後の回復期間を含めて約一年間は従前の職務に復帰することが不可能となつたこと、そこで千葉工場では同年六月二八日本社に対し班長一名を千葉工場へ充当するよう要望し、本社人事部は四日市工場に、千葉工場へ転勤できる班長一名を人選するよう指示したことは当事者間に争いがないところ、いずれも成立に争いのない甲第二九ないし第三一号証に弁論の全趣旨を総合すると、四日市工場では、本社人事部からの前記指示に従い人選をなし、内窪孝吉を適任と認めて本社に報告したが、本社では内窪が昭和四四年一月限りで鹿島工場へ転出の予定になつており、同人を千葉工場へ転出させても同工場での勤務期間は約六ケ月となるところ、一方、班長は運転現場にあつて運転員を指揮監督するほか、運転員に対する労務管理の一部をも担当しているものであり、このような班長の職務内容にてらして右の如き僅かの期間(約六ケ月)で班長が交替することは好ましくないと考え、内窪を不適任とし、四日市工場に対し他の適任者を人選するよう指示したこと、四日市工場では右指示に従がい人選をしたが、適任者がなく、班長クラスの転出が不可能となつたこと、そこで本社では補充計画を変更し、千葉工場製造課の班員小原基平を班長に昇格させ、これに伴つて生ずる欠員を四日市工場から転勤させることによつて補うこととしたが、千葉工場では装置運転のために試験分析の果す役割が非常に大きく、反面試験分析関係の経験を有する運転員が不足していたことおよび同工場の従業員には昭和三二年以前に高等学校を卒業した者と、昭和四二年以降に高等学校を卒業した者が多く、昭和三二年以降同四一年までに高等学校を卒業した者が非常に少なくそのため新入社員への技術指導、労務管理上支障が生じていたこと等から右欠員の補充に際して本社に対し、(1)ブタジエンの蒸溜装置の運転操作およびブタジエンの試験分析の経験を有していること、(2)昭和三三年から同三六年の間に高等学校を卒業したものであることの二つの条件を希望として申入れたところ、本社では千葉工場が希望する右条件が合理的な理由があると考え、四日市工場に対し右条件に沿う従業員を人選するよう指示したこと、四日市工場では右条件に沿つて人選を始めたが、同工場製造部ブタジエン課の昭和四三年度定期検査は同課第一係プラントでは同年八月八日から同年九月一一日まで、同課第二係プラントでは同月一日から同月二五日までとあらかじめ年次計画で定められており定期検査中は平常運転時に比較してきわめて多忙であるので定期検査中に転勤者を出すことは不可能であり、千葉工場に早急に適任者を転勤させるためには先に定期検査を終了する第一係のうちから人選せざるをえないことになつたところ、第一係のうちでは被告のみが前記条件に合うものであることから被告を最適任であると判断し、その旨本社人事部に具申し、本社でもこれを了承したことが認められる。

(二)  そこで同(4)、(5)について考える。

会社が昭和四三年九月九日被告に対し千葉工場製造課への転勤を内示したところ、被告は家庭の事情、右転勤命令の不当労働行為性等を理由として転勤に応じられない旨意思表示したこと、会社は同月一六日に転勤命令を発令して辞令を交付したが、被告は前記理由を繰りかえし述べて右転勤命令にしたがうことを拒否したことは当事者間に争いがないところ、いずれも成立に争いのない甲第四号証、同第三〇ないし第三二号証によると、四日市工場のブタジエン課長井口慶二、人事課長吉住勉は被告に対し、本件転勤命令は業務上の必要性に基くものであり、不当労働行為の意図は全くなく、家庭の事情についても十分検討したうえであること等を説明したが、被告はあくまで翻意しなかつたので、会社は、同年一〇月一四日四日市工場において懲戒委員会を開催し、被告の弁明を求めたが、被告が前記と同じ理由で転勤命令を拒否したので、審理の結果、本件転勤拒否を放置すれば人事の公正、会社内の秩序が維持できなくなると判断し、本件転勤拒否は会社の就業規則第五九条第五号、第六〇条第一一号に規定する「上長の業務上の指示に従わず、これに対し反抗侮辱その他これに類する行為のあつた者で特にその情状の重い者」に該当するとし、被告を懲戒解雇にするのが妥当であるとの結論に達し、その旨社長(代表取締役)に答申したところ、組合が右懲戒解雇処分に強く反対し、そのこともあつて会社では、被告の本件転勤拒否は同規則第七〇条第七号に規定する「その他前各号に準ずるやむをえない事情があるとき」に該当するとして本件解雇に及んだものであることが認められるところ、会社はその歴史が新しく、工場の増設、新設計画が相次いで、四日市工場から多数の従業員が千葉工場、鹿島工場、日本ブチル株式会社、中央研究所、日本イーピーラバー株式会社に転勤、出向しており、さらに多くの従業員の転勤、出向が予定されていることは前記のとおりである。

(三)  以上の諸事実に鑑みれば、本件転勤命令は会社の業務上の必要という正当な事由に基くものであり、被告の右転勤命令拒否は理由のないものというべく、右転勤命令拒否を理由とする本件解雇は、人事の公正、企業の秩序を維持するというまことにやむをえない事情からなされたものであるといわざるをえない。(本来懲戒解雇に該当する事由をもつて、いわゆる普通解雇をすることは何等さしつかえなく許容される。)

五、よつて本件解雇は有効であり、被告と原告会社間の雇傭関係は昭和四三年一〇月一五日限り消滅したというべきであるから、原告の本件本訴請求は理由がある。

第二、(反訴について)

一、請求原因1は当事者間に争いがない。

二、しかして、第一、の三、四、で認定判断した如く本件解雇は有効である。

三、よつて右解雇が無効であることを前提とする被告の本件反訴請求は理由がない。

第三、(むすび)

以上の次第で原告の本件本訴請求は理由があるのでこれを認容し、被告の本件反訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤文雄 杉山忠雄 坪井俊輔)

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